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勉強上手になりたい-1
- 2006/10/02(月) 16:47:08
英語に限らず、勉強上手になりたいと思いますよね。
勉強の上手な人と、下手な人。
一体、どこが違うんでしょうね。
何かコツみたいなものがあるんでしょうか?
世の中には、何をやらせてもうまいことこなしてしまう人がいますが、その人をよぉく観察してみると、面白い共通点があります。
その共通点を自分も身につけることが出来れば、勉強上手になれるかもしれませんね。
勉強上手になりたい-2
- 2006/10/02(月) 16:47:42
教え上手は、勉強上手。
まずは、勉強上手な人というのは、よく人に教えていますね。
教えることで、自分の中の情報も整理され、何らかの自信の持てる答えに行き着きます。
人に教えるということは、それだけプレッシャーと根拠が必要になるわけですから、誰かに教える以上は、それなりに自信がないといけません。
だからこそ、正確な知識と情報を自分から求めようとしているというところがあるのでしょう。
それが、勉強上手の根っこであると言えるかもしれませんね。
勉強上手になりたい-3
- 2006/10/02(月) 16:48:12
生徒上手
勉強上手な人は、生徒上手とも言えます。
生徒上手とは、別に先生のご機嫌取りのことではありませんよ。(苦笑)。
先生のご機嫌を取ったら、自分の成績があがったなんてことはあり得ませんよね。(笑)
怪し気な学校ならあるかもしれませんが、それは本質を逃しています。
先生(や教材)が教えてくれる「要点を的確に捉えられる」のが生徒上手です。
勉強上手になりたい-4
- 2006/10/02(月) 16:48:54
教えるのは難しい
英語に限らず、何かを人に教えた経験があれば分かるでしょうが、人に教えるというのは、非常に難しいことですね。
分りやすくいうと、
試しに、目の見えない人に「黄色」とは「どんな色」かを教えることを考えてみて下さい。
あなたなら、目の見えない人に、どんなふうに「黄色」を教えますか?
ね。難しいでしょ。
その辺を見渡せば必ず一個は何か黄色いものがあって、なんてことのない「黄色」ですが、この黄色すら教えるのは難しいわけです。
これは、「特殊なケース」じゃないかと思うかもしれませんが、人に教えるということは、こういうことなんですね。
まさしく、知らない人に正しく教えるということです。
この目が見えない人が、かつては目の見える人だったら、そんなに難しくはありませんね。この人が昔、黄色いバナナを見たことがあれば、「黄色とは、バナナの色です。」と教えることができます。
しかし、問題は生まれつき目が見えない人に教える場合です。
彼には、色という概念自体存在しないわけですから、バナナは黄色い、信号の真ん中は黄色。黄色い花もある。という「言葉」で覚えることしかできません。
「黄色いものを覚える」ことができても、黄色自体をイメージしていない、いや、出来ないということです。
英語学習でも同じことが言えますよね。
勉強上手になりたい-5
- 2006/10/02(月) 16:49:25
まずは、目を開けて
あなたの教えている目の見えない人が実は、目が見えるのに、目を開けない人だったら?
意固地になって目をつぶったまま、「先生!ちゃんと黄色を教えて下さい!」って言われたら?
あなたは、きっと「バナナを目の前に持ってきて、目を開けなさい。」というでしょう?
これは、英語の勉強と何か違いがあるでしょうか?
一度目を開ければ、黄色なんて、すでに問題ではないのに。
勉強上手になりたい-6
- 2006/10/02(月) 16:49:57
生徒上手
何かを教えることが非常に難しいものだということが分かれば、これからは、先生や教材への向き合方が変わってきませんか?
先生や教材は、一生懸命目の見えないあなたに、黄色を説明してくれています。
そして、あなたが一度目を開いて、黄色を目にしてくれれば、次のオレンジや、赤や青は随分と説明しやす、そして、内容も随分と吸収が早くなりますよね。
それが生徒上手になるということではないでしょうか?
勉強上手になりたい-7
- 2006/10/02(月) 16:50:46
「百聞は一見に如かず」
私もまだまだ教え上手ではないので、言いたいことがしっかりまとまっていませんが、大事なことは
「百聞は一見に如かず」
このことわざは偉大であるということでしょうか。。。
自分の経験や体験は、何よりも学習効果があるわけですから、進んで経験を積みましょう!ってことですかね。
ということは、やっぱりメールがあれば今日からでも始められる「ペンパル」が良いのかなぁ。。。なんちゃって。(笑)
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